アワビの生態
- アワビとは?
アワビは軟体動物門腹足綱ミミガイ科アワビ属に分類され、世界中で約100種類が存在する。北緯、南緯60度以内の沿海に広く分布しているが、高緯度、低緯度の地域では大型種はあまりみられない。大型種の生息地域としては日本以外では、オーストラリア、北アメリカ西岸部、アフリカ南部などが挙げられる。
アサリやハマグリのような二枚貝の仲間ではなく、サザエやホラガイなどの巻き貝の仲間である。殻は平べったいが、殻頂を中心として螺旋状に渦を巻いている。また、殻には出水、呼吸のための呼水孔と呼ばれる複数の穴があり、産卵期にはこの呼水孔を通じて雌雄それぞれが卵子、精子を海中に噴出する。
殻のない身肉が露出した底部が腹面にあたり、足の裏となっている。アワビはこの足を使って外海の岩礁に貼り付いて生活する。夜行性で、夜間になると背負った殻を持ち上げて移動する。
カジメ、アラメ、ワカメ、コンブなどの褐藻類を主食とし、成長の過程においては自身の体重のおおよそ10倍以上を必要とする。そのため一般には海中の栄養分の多い、海中林と呼ばれる海藻が繁茂した海域に生息する。
- アワビの種類
日本には10種のアワビがいるとされるが、そのうちの漁獲の対象となる6種からトコブシ、フクトコブシを除いた4種が俗にいう「アワビ」とされる。
- ・クロアワビ
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名前の由来は上足および足裏が黒いことからとされる。房総半島より南の暖流域、水深4〜5メートルの浅い岩礁に生息し、岩の下や亀裂の中など比較的暗所を好むが、他のアワビと比較して足は早く動きが活発である。身の肉質は硬く、比較的高い殻は4〜5個の呼水孔持つ。また、環境の変化に強いことで知られ、漁獲後も長時間生かしておくことも可能となる。
- ・メガイアワビ
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殻は低く偏平で円形に近く、身は赤みを帯びていて軟らかい。名前の由来はその外見からとされ、過去にはクロアワビを雄、メガイアワビが雌と取られていたこともあった。本州および九州の暖流域、水深20メートル前後に分布し、クロアワビと異なり岩礁の表面など比較的明るい場所に生息する。
- ・マダカアワビ
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名前の由来はその高い呼水孔から、またはその高い殻から、もしくはその高い目の位置から、と諸説ある。房総半島より南の暖流域、水深20〜50メートルの範囲に分布し、日本のアワビの中では最も大きい。岩礁の表面に生息することが多く、身は淡褐色で軟らかい。
- ・エゾアワビ
根室、オホーツク海沿岸などの純寒流域を除く北海道の日本海側、東北地方の太平洋側は福島県まで、日本海側は秋田県までの海域、および韓国の冷水域に分布する。船上から漁獲できるような浅い岩礁に生息し、小型で殻が薄く、成長は他の南方系と比べ遅い。クロアワビの亜種とされ、エゾアワビを南方に移植した場合には、クロアワビと見分けがつかないように成長する。
- アワビの成長過程
産卵期は10〜12月、冷水域のエゾアワビの場合は8月下旬から10月中旬にかけてのいずれも水温が20度を下まわり始めた頃となる。交尾はせず、雄が精子を、雌が卵子を呼水孔から噴出し海水中で受精する。
約半日でふ化した幼生はトロコフォラと呼ばれ、海中を泳ぎ回るようになり、次の約半日で殻を形成し始め、ベリジャーと呼ばれる形態へと変化する。
約一週間でそれまで殻を下にした状態で泳ぎ回っている状態から足が発達し始め、足で岩礁に着くようになる。この時点で大きさは約0.3mm程度となり、小型の海藻類を摂取するようになるが、この段階では生存率は非常に低い。
その後の成長は海水の温度、環境によって左右されるが、約3〜4年で約10cm程の大きさになる。通常このサイズの漁獲はアワビ資源枯渇の問題もあり禁止されている。寿命は約15〜20年と推定され、大型のアワビはこれ以後20cm前後まで成長する。
- アワビとは?
アワビの歴史
- のしとアワビ
古来よりアワビは朝廷への献上物として珍重されるだけでなく、古代の書物に神秘な生物として描かれ、信仰の対象としてまつられる例も多々あった。現代でも贈答品を送る際に使われるのし袋などは、こうした日本の文化とアワビとの結び付きの名残りと言える。
古代においてアワビを遠隔の地に届けるにはアワビを干物にする必要があったが、肉厚のあるアワビを完全に乾かすためリンゴを剥く要領で長く切って乾かす方法が用いられた。これがいわゆるのしあわびである。のしという名は、のしアワビを作る過程において薄く伸ばすことから来ているらしい。
始めのうちは食物として扱われていたようだが、時代を下るにつれ贈答の意味合だけが強くなり、お祝い事での贈答品に添えられるようになった。それが次第に細長く切ったのしあわびを六角形に折った色紙に入れたものへとかわり、さらにのしアワビにかわって細長く切った黄色い紙を包むものへと簡略化されていった。現在では単にのしと印刷されたのし紙も一般に利用されている。
- 乾鮑と中国貿易
のしアワビの他にもアワビにはさまざまな干し方が存在するが、その代表的な例として乾鮑(干鮑)と呼ばれる、アワビ本来の姿のまま干物にする方法があり、現在でも盛んに作られている。この乾鮑が中国へ輸出されて以来、食用として浸透するようになったのは明朝から清朝にかけてとされる。
この時代になると、現在のように乾鮑はツバメの巣やフカヒレと同様高級食材として扱われるようになった。とはいうものの、中国国内のアワビの魚獲量自体は少なく、その大半を輸入に頼る必要があった。こうした背景の中、銅に替わる交易品を模索していた江戸幕府は乾鮑をいりこ、フカヒレと供に俵物三品と称して中国への輸出の柱とし、直轄的にその生産および集荷を管理した。
俵物三品としての乾鮑は幕府にとって非常に重要であったが、その集荷には困難を伴ったようだ。その理由としては、まずアワビそのものの魚獲量が少ないこと、乾鮑を作る手間がかかること、そして買上価格が安いことなどがあった。また、日本人が乾鮑を食さないことも乾鮑生産が拡大していかなかった一因とも言える。
明治期に入り、これまでの鎖国貿易は終りを告げ、長崎以外の貿易港でも乾鮑の売買が行われるようになった。この頃には諸外国による圧力により、政府の独占的な売買は行われず買い上げ価格が上昇し、また技術革新による漁獲効率の上昇もあって輸出量が増加していった。
この増加傾向はしばらく続くが、やがてアワビの乱獲および国内需要の拡大により次第に輸出量は減少し、同時に乾鮑の生産も減少することとなる。ここでいう国内需要とは交通手段の発達を背景とした生アワビであり、乾鮑の需要は対中国輸出のみだった。
- のしとアワビ
アワビ料理
アワビと日本文化との結び付きは非常に強く、アワビ料理も数多い。大きく分けて生のアワビを使った料理とアワビの加工食品の2種類に分類されるが、生のアワビを使った料理としては、水貝が有名であろう。伝統的な日本料理とは言えないが、残酷焼きなどと呼ばれる、生きたアワビをそのまま網で焼いた料理もある。
また、現在のように交通手段が発達していなかった時代には、アワビの生産地域以外では加工食品が主流であったと想像されるが、今も続くそうした加工食品の例として、煮貝、乾鮑などがある。代表的なアワビ料理は以下のとおりである。
- アワビの水貝
おそらくアワビの料理として最もよく知られ、かつ人気があるのは、刺身と水貝であろう。ただし、加工食品では輸入品が使われることが主流となっているが、刺身と水貝に関しては生の、もしくは生きた身の硬いクロアワビが求められるとあって高価なのも事実である。
アワビの水貝とは大雑把に言って、生のアワビの身を塩水につけたものである。非常に簡素で品が良く、いかにも日本料理らしいと言える。
- アワビのステーキ
アワビを使用した新しい高級料理としてのアワビのステーキは、高度経済成長期の伊勢志摩観光ホテルの宣伝以来、すっかり日本に定着し広く知られている。これが西洋文化を取り入れた新しいアワビ文化の誕生という意味合いの他にもう一つの意味合いがある。
元々アワビのステーキはアワビを食べる食習慣のなかったアメリカで、第一次世界対戦中の食糧不足を契機として生まれた。日本で知られているアワビのステーキとは異なる発想から生まれたものであり、明確に区別されるべきであるが、とにかくアワビの缶詰と並び、アワビが海外でも消費されている一例を示している。
- 乾鮑
江戸時代における対中国輸出の重要品目であった乾鮑はその製造工程、アワビ種の違いから数種類存在する。実際には乾鮑の製法は地方によりまちまちであるのだが、代表的な乾鮑としては明鮑、灰鮑などがあり、またその中でも特に重宝されることから生産地を名に冠して呼ばれる吉浜鮑などがある。
- ・明鮑
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大型のメガイアワビやマダカアワビを使って作られる乾鮑で、赤褐色の飴のようにつやがあり硬い。
製法は、まず身を殻からはずして塩を擦り付けた後、4〜5日間程水につけて足で踏んだりしながら洗浄する。その後、アワビを煮、天日で約40〜50日間程乾燥させて水分が完全になくなったら完成である。この乾燥させる前に煮る作業ゆえ乾鮑は煮乾品とも呼ばれるのだが、乾鮑は高級品であるがゆえその品質により等級に分けられる。その主な判断基準としては、大きさだけでなく色、傷の有無、膨らみなどがあり、製造の技術に大きく左右される。
- ・灰鮑
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やや黒みをおびており、表面に白いカビが付着していることから灰鮑と呼ばれる。主にエゾアワビを使って作られ、小型である。
基本的には明鮑と製法は同じであるが、天日干ししてある程度乾燥した後カビ付けを行う。その後再び天日干しした後にさらにカビ付けを行う。
- ・吉浜鮑
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岩手県にある生産地の名にちなんで吉浜鮑と呼ばれ、中国ではその品質が高いことで有名。エゾアワビが使われ、小型。
製法にそれほど大きな違いはないが、アワビに穴を開けて数珠繋ぎにし乾燥させる。できあがった吉浜鮑には糸を通した穴が残り、これが目印となる。
乾鮑料理は現在でももちろん中華料理の中では最高級の部類に属し、当然高価である。これはアワビ自体が高価であることに加え、中国が依然乾鮑を海外からの輸入に依存していること、乾鮑の製作に非常に手間がかかること、そして乾鮑の調理にも手間がかかることに起因する。
乾鮑を調理するにはまず、茹でて元のアワビの大きさまで戻す必要がある。乾鮑の大きさによるが、この作業だけでも3〜5日かかる。現在では各国からのさまざまな料理を見ることができるが、乾鮑料理が一般に広く普及していないのもこうした理由によるものかも知れない。
- アワビの水貝
消えつつあるアワビ
- アワビ資源の枯渇
- ・アワビの現状
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色々な方面で影響を与える地球温暖化現象が少なからずアワビの生態系に影響を及ぼす可能性もあろうが、ことアワビに関しては乱獲が個体数の減少の最大の原因とされる。アワビの資源の減少は世界的な規模で見られ、実際に乱獲による種の絶滅も起こっている。
日本では昭和40年代の高度成長期に過去最高の漁獲量をあげたものの以降は減少が進み現在の漁獲量はその3分の1ほどとなっている。特に北海道では漁獲高がかつて10分の1以下にまで減少してしまっている。
- ・アワビ漁法の変化
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アワビは古来より高価な海産物と位置付けられてきたが、現代に至ってもあまが潜水して一つ一つ採取する漁法に変わりはない。しかしながら、その漁法においては幾度かの技術革新があり、それにより他の海産物同様乱獲による個体数の減少が見られるようになった。
明治期に入り、それまでほとんど変化のなかった素潜りによる採取に、より近代的なヘルメット式潜水器が導入された。この潜水器の導入によって長時間の潜水が可能となり漁獲効率を上げることに成功したが、逆にすぐに乱獲となってしまうため禁止されることとなった。
その後現在でも使われているような水中メガネが導入された。目を保護するだけでなく、視界が広がるため、漁獲効率の上昇に一役買っている。あまの間では両目と鼻を覆う一眼式の水中メガネが用いられる。
戦後の昭和期に入ると、ウェットスーツおよびアクアラングが導入された。アクアラングに関しては明治期の潜水器と同様、乱獲を招くため禁止されるようになった。また、この時期にはモーターボートも導入されるようになり、それまでよりも広い範囲に渡ってアワビの採取をすることが可能となった。
- 枯渇問題への対策
- ・対策の概要
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アワビ資源の減少に伴い、一般に以下のようなアワビ漁に対する制限が設けられている。
- 一定以下の大きさのアワビの採取禁止
- 漁期の制限(特に産卵期を避ける)および操業時間の制限
- 乱獲を招くような機器使用の禁止
- 汚染された環境の回復と生態系の研究に基づく自然に近い環境の整備
- 海産物としてのアワビ供給のための養殖産業
- 直接的な資源回復手段、または増殖産業としての稚貝の放流
- ・アワビ養殖の現状
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アワビという高価な海産物の養殖が産業として十分に成立し得るとして、これまで多くの企業がアワビの養殖に参入している。しかしながら現時点では発展途上の段階と言え、まだ市場価格を左右するまでには至っていない。
問題としては、まずアワビ養殖技術そのもの、飼料をはじめとする非常に高いコスト、それからアワビが成長まで時間がかかることなどがある。こうした問題を踏まえ、現在ではさらなる大規模な投資を国内に行うよりも、むしろこれまで培われた技術を海外へと移植し、アワビの種類を選択しつつ養殖産業を発展させる傾向が見られる。
- ・稚貝の放流
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減少傾向にある種の個体数の増加、回復計画において稚魚の放流は有効な手段の一つとされるが、ことアワビに関しては現在のところそれほどの成果は上がっていない。絶滅の危機に瀕している種の個体数の回復は当然ながらかなりの期間を要するため、これまで長期的な展望を持って大規模な計画が実施されてきたが、放流したアワビの生存率は低く、またそれに対する決定的な打開策もない。
ただし、魚獲量の減少が進行する中で放流したアワビがその魚獲量のある程度の割合を占める以上、成果は一応見られる、と同時に放流を継続せざるを得ない状況となっている。
今後の課題としては、これまで稚貝のために用意した人工漁礁とそれを取り巻く海域全体の生態系を含めた環境の見直し、また稚貝の放流だけでなくアワビ漁全体に当てはまることだが、密漁への対策の強化などが挙げられる。
- ・海外におけるアワビ減少への対策
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現在国内でのアワビの供給不足を補うべく海外から輸入されるアワビも、世界的にアワビの個体数が減少していることから価格の高騰を免れない。輸入量の最も多いのはオーストラリアで、国産アワビと比べて3〜4割程度安く、加工食品として使われることが多い。
オーストラリアではアワビ漁のためのライセンス制の導入や養殖産業の展開により安定した生産高を上げている。また、かつては輸出量の多かったアメリカやカナダなどの国々のアワビ生産量が減少する一方で、近年では種の限定はあるものの新しい養殖技術の導入により中国、台湾などが低価格でアワビを輸出するようになった。
元々アワビ養殖技術の研究は日本で始まったが、現在では前述以外の国の他、北アメリカ西海岸、メキシコ、フランス、チリなど各国で研究が進んでおり、今後の発展が期待されている。
しかしながら、こうした資源の減少を食い止めるための対策だけではなく、資源の回復を積極的に行う対策も望まれ、既にまだ実を結んでいるとはいえないまでも幾つかの対策が実施されている。主なものとしては以下のようなものがある。
いずれも大規模な対策であるため国の援助、企業の参入や多くの人々の関心と従事を必要とし、今後もこうした努力と研究の継続と発展が望まれる。
- アワビ資源の枯渇
あわび文化と日本人 | 大場 俊雄 著 成山堂書店 刊 |
一個52万円のアワビ文化 | 境 一郎 著 成山堂書店 刊 |
鮑(あわび) | 矢野 憲一 著 法政大学出版局 刊 |